フランスにて宮廷から劇場へ!

フランスにて宮廷から劇場へ!
 その後、バレエは貴族たちの間で、宮廷の中で楽しまれていたものから、劇場で演じられるものと変わっていきました。そのころから、職業としてのダンサーが登場してきたようです。
 1669年にパリ・オペラ座が建設されました。当時はまだ、バレエとオペラが一体となっていて、区別されていなかったようです。そして1713年になるとオペラ座バレエ学校が設立されます。段々とバレエを教育するシステムが整って、プロのダンサーが育っていくわけです。そして、その頃から、バレエの技術も複雑になっていきました。まだ、バレエとオペラが一体化していましたが、いよいよ1760年、ジョルジュ・ノヴェール(ジャン)が「舞踏とバレエについての手紙」の中で、『バレ・ダクシオン(ballet d’action) …動き、音楽、装置、衣装など、すべての 構成要素を一貫してテーマを表現するものとしてとらえ、バレエをひとつの芸術作品としていこうとする動き。』を、主張します。これによって、バレエはオペラから独立して、セリフのないもの、身振りによっての舞台演劇として確立していきました。
 そして18世紀後半になるとフランス革命が起こり、ロマン主義(自由で神秘的なものを重視する主張)に変化していきました。それによってロマンティック・バレエ(ロマン主義のバレエ)が誕生しました。「ラ・シルフィード」、「ジゼル」など、妖精や悪魔が登場する幻想的なもの、エキゾチックな異国色の強いものが登場しました。この当時には、ポアント(トゥシューズ、つまさきで立つこと)の技術がすでに用いられていました。また、ロマンテック・チュチュ(くるぶし丈のふんわりとしたスカート)が特徴となっていました。現在、踊られているバレエの中で、ロマンティック・バレエは、最も古い形式のものとなっています。